ソフト・ボーイズ Soft Boys

昨年春、マタドール・レーベルよりソフト・ボーイズの80年作品「アンダーウォーター・ムーンライト」が再発されました。けっしてネオアコ・ギターポップのくくりでは語られることのない彼らですが、ザ・スミス、モノクローム・セット、ジャズ・ブッチャーのフアンのみなさんにもきっとアピールするところがある作品だと思います。またエル・チェリーレッド・レーベルの総帥、マイク・オールウエイが音楽業界で初期に関係した作品(グループ)ということで、ネオアコ・ギターポップとまったく関係がないわけでもありません。

今回のPick Upでは、このアルバム「アンダーウオーター・ムーンライト」と、昨年イギリスで、プリティ・シングス(!)のオープニング・アクトとして行なわれた、ソフト・ボーイズの再結成ライブについてお伝えします。

ソフト・ボーイズ、ロンドンでのカムバック

2001年10月19日、ロンドンのクイーン・エリザベス・ホールにて、再結成されたソフト・ボーイズのライブが行なわれました。これはこの年の「アンダーウォーター・ムーンライト」再発にともなう活動再開の一貫で、春のアメリカ・イギリス・ツアーに続くものです。春のツアーとは違い、今回のライブ日程はこの10月19日と、おそらくウオームアップ的な目的でのロンドン効外のライブの2日分のみの設定となっています。おそらく活動した時代は違いますが、イギリスのビート・サイケデリック・フアンへ向けた、プリティ・シングスとのカップリング企画を、バンド側が受けたものと思われます。

勝手な想像ですが、彼らがカバーしていた、ピンク・フロイドのメンバー、デイブ・ギルモア(この日のプリティ・シングスの演奏に参加)との共演、また「アンダーウオーター・ムーンライト」の大部分が録音された「アラスカ・スタジオ」のあった、このウオーター・ルー橋のたもとの会場でのライブということにも意義を感じたのでは?との意味付けは無効でしょうか?そしてソフト・ボーイズは過去の録音に劣らない、すばらしい演奏を披露してくれました(このライブについては後述します)。

ソフト・ボーイズのポジションとは?

さて最初に「ネオアコ・ギターポップのくくりで語られることのない」と書きましたが、ソフト・ボーイズは、いわゆる元祖ネオアコのポスト・カード・レーベルのアズテック・カメラやオレンジ・ジュースなどとの交流はなかったと思われます。特にもっとも充実していたと思われる活動期間は79年から80年の短期間で、はじまったばかりのインディー・チャートが注目され、そこからいろいろなグループが飛躍していくという時期には、ギリギリ間に合いませんでした。

またおもしろいのは、活動初期はパブロックのグループを多く輩出していたスティッフ・レーベルから派生した、レイダー・レーベルに所属していたのですが、ほかのスティッフ関係のグループ、アーチストとは違い、同じレーベルに属するグループ同志でのツアーや、録音でのゲスト参加などもなく、浮いた存在に思えることです。当時のパブ・ロック・シーンは飛ぶ鳥を落とす勢いだったと思うのですが、その中核ともいえるレーベルにいながらその波には乗らなかった、諸刃の剣とはいえどんなグループにとっても、ある意味有利な「〜系」などのジャンルやくくりに、意識的にか無意識的にか加わらなかった。。。彼らが「カルト・バンド」という見方をされる一因なのではないかと思います。

また彼らが「カルト・バンド」と捉えられる、大きな要因はグループの中心人物でありオリジネイター、ロビン・ヒッチコックにあると思います。とくにその詩作においては、かなり個性的なものを扱っています。いわゆる「普通のラブソング」はありません。実は彼が希望していたという、自分の地元のフットボール・フアンが一緒に口ずさむには、かなり難しいテーマを扱っています。彼がとくに活動初期において演奏していた楽曲は、自分達においてさえ難解なものに感じられていたそうです。

メンバー・チェンジ

しかしそんな「カルト・バンド」が傑作アルバムをものにするチャンスをつかみます。その大きなきっかけとなったのがギタリスト、キンバリー・ルーの加入です。ソング・ライターでもある彼はのちに「Walking on Sunshine」という大ヒット曲や、初期のバングルスがカバーした「Going Down to Liverpool」を自身のグループ、カトリーナ&ザ・ウエイブスで発表しています。この2曲からも感じられるように60年代のグループの楽曲にも似たPOPなエッセンスを持ちこめる人物でした。彼の加入後にグループに出戻ったベーシスト、マシュー・セリグマンも、あのアレックス・チルトン(ティーンエイジ・フアンクラブのカバー曲あり)や「ラジオスターの悲劇」のオリジネイターとして知られるBruce Woolley&The Camera Club の一員だったというプレイヤー。新しいソフト・ボーイズのサウンドの創造を予感させるメンバー・チェンジが続きます。

またロビン・ヒッチコック自身も、1stアルバム「Can of Bees」までの作曲法やサウンドからの変化を求めていたのか、これまでよりストレートな楽曲を準備していました。キャプテン・ビーフハートを敬愛するのと同じように、ビートルズやバーズのフアンでもあったヒッチコックが、POPサイドに寄った持ち味を出しはじめたのです。

アルバム「アンダーウォーター・ムーンライト」

そしてついに80年春「アンダーウオーター・ムーンライト」が完成します。

冒頭を飾るのは「I Wanna Destroy You」。まずギターのけたたましいコードの塊から、ショッキングな曲名の連呼が繰り出されます。しかしヒッチコックのボーカルのあとを追いかけるハーモニー、ギタリストのキンバリー・ルーとドラムスのモーリス・ウインザーをふくむ三声のコーラスが、なぜかさわやかな印象を与えてくれます。再発CDのライナーで「ビーチ・ボーイズ風」と形容されたPOPなサウンドと曲名そのまんまの歌詞とのギャップ(そしてブレンド)、アルバムの冒頭からソフト・ボーイズの独自のPOP感覚が感じられます。

これに続くのは、以後ソロ活動も通じてロビン・ヒッチコックが歌い続けることになる「Kingdom of Love」。明るいメジャーな曲、暗いマイナーな曲、そのどちらでもないにもかかわらず、印象的な1曲です。間奏と後半に繰り返されるギターのリフがなぜか耳についてはなれないのと同時に、ベースのマシュー・セリグマンのプレイも貢献しています。

続く「Positive Vibrations」はギターのアルペジオに導かれて、これまた「ビーチ・ボーイズ風」コーラスの聴ける、スピード感のあるナンバー。そしてこの時代に使うのは、めずらしかったと思われるシタールが曲後半に効果的に導入されています。この楽器特有の残響音とともに曲がストップするところはスリリングです。

A面の最後はロビン・ヒッチコックのトーキング・スタイルのボーカルがかっこいい「Insanely Jealous」、ありがちな恋の焦繰をテーマにした楽曲も、彼が取り上げると緊張感あふれる言葉が次々に現れ、消えて行く緊張感あふれるものとなっています。イントロからヴァイオリンがその雰囲気を盛り上げ、後半は少しフリーキーさを感じさせるソロも取っていて、たいへん印象的です。こういう楽器のチョイスが誰のものかは分からないのですが、もしプロデューサーのパット・コリアーによるものなら、この作品以降も多くのギター・バンドにその仕事を認められてきたのも納得です。ネオアコ本に掲載されている作品にも彼の手がけたアルバムは少なくありません。彼自身、本業はヴァイブレーターズのメンバーでした。

アルバム後半の「The Queen Of Eyes」は思わず「See My Friends〜」(キンクスのシングル・ヒット)と歌い出してしまいそうになる、ギター・アルペジオから始まるナンバー。おそらくアルバム中、グループ史上でも、もっともストレートな60年代ポップソング風サウンドです。

このアルバムの最後を飾るタイトル曲「Underwater Moonlight」は海の中の情景を描写したと思われる、バイオリンとベースのメロディーに導かれてはじまる曲、切りこんでくるようなキンバリー・ルーのギターがどんどん雰囲気を盛り上げていき、サビで全体が爆発という静と動の対比がすばらしい1曲です。ここでもベースのマシュー・セリグマンが大活躍、導入部の「レゲェっぽい」ベース・プレイはフリーのアンディ・フレイザーを手本にしたものと発言していますが、時期的には重なるXTCのライブ盤でもこれに似た演奏部分があり、最初耳にしたときは驚きました。キンバリー・ルーは、1972年以来「新しい音を追いかけていない」(!)と言っていますが、やはり時代の空気だったのか、XTCに限らずほかの「ニュー・ウエイブ」グループの影響を感じさせる部分もあります。


アルバムの商業的失敗と後年の再評価

「アンダーウオーター・ムーンライト」は80年6月新興レーベルのアーマゲドンからリリースされました。しかし大きなチャート・アクションはなく、結果活動は終息に向かい81年2月にグループは解散することとなりました。この年に発売された編集盤「Two Halves for The Price of One」が、主にキンバリー・ルー加入後のアルバム未収録シングルや貴重なライブ音源などで構成され、グループの最後の置き土産となってしまいました。

しかしグループ解散後、「アンダーウオーター・ムーンライト」は再評価されることになります。特にR.E.Mのピーター・バックは「(彼らが引き合いに出される)バーズよりもソフト・ボーイズに多くの影響を受けた」と発言し、ロビン・ヒッチコックのツア−やレコーディングに参加するまでとなります。86年にはLiving Creamというレーベルからジャケットを変更して「アンダーウオーター・ムーンライト」が再発され、94年にはアメリカのライコ・レーベルから、ボーナストラックを含んだCDが発売されます。

そしてついに2001年、2枚組での再度のCDリリースとなります。再発を企画したのが、ギターポップのリリースも多いマタドールからということも、この作品が好まれる層を示唆しているかもしれません。


ライブ・バンドとしてのソフト・ボーイズ

さて話は昨年の再結成ライブに戻ります(残念ながら開演には間に合わず会場に入ったのは、おそらくすでに3〜4曲の終了後でした)。「アンダーウオーター・ムーンライト」録音時のメンバーのソフト・ボーイズは春にツアーしていたこともあってか、かなりしっかりした演奏を聴かせてくれます。特にロビン・ヒッチコックはレコードにも刻まれている、はき捨てるようなボーカル・スタイルがカリスマ性を感じさせます。また彼とキンバリー・ルーのサウンド面での配分は、ただボーカル&リズム・ギターとリード・ギターという関係ではなく、キンバリー・ルーがソロを取っているときも、ヒッチコックがワウワウを使って別のフレーズを弾いたりとスリリング、アルバム未収録曲の「Only The Stones Remain」の演奏では特にそれが感じられました。またちょうどアフガニスタンへの空爆が始まっていたこともあってか、ブッシュ大統領に関するコメントのあと、間髪をいれず「I Wanna Destroy You」がスタートする展開などグループの演奏の息もぴったりでした。

さてついにヒッチコックによりデイブ・ギルモアの名前が呼ばれます。81年に発売された編集盤「Two Halves for The Price of One」に収録されているシド・バレット作、ピンク・フロイドの「Astronomy Domine(天空の支配)」を、本家(?)を迎えて再演の試みです。一気に会場の雰囲気がヒートアップします。手違いがあったのか、ギルモアが遅れて登場し、ヒッチコックに何か耳打ちしたあと、演奏が始まります。印象的な下降フレーズとヒッチコックの叫びもはまっていて、会場はかなり盛り上がりこの曲でステージは終了しました。

ソフト・ボーイズの現況

ソロ活動開始後、ロビン・ヒッチコックは特にアメリカでのカリスマ的支持を受け、作品のリリースを続けています。またキンバリー・ルーは最近、Wavesの活動以外にも、ついに初のフルアルバム(ヒッチコックやスクイーズのクリス・ディフォードが参加)を発表しています。しかし個人的には、これらの活動はこの二人が組んだときに現れるサウンドには及ばないと思います。年が明けて現在のところ、ソフト・ボーイズとしてのの動向は聞こえてきませんが、ぜひまたグループとして活動を続けていってほしいと希望します。

追記

1.ソフト・ボーイズとマイク・オールウエイ

「アンダーウオーター・ムーンライト」には、チェリーレッドの宣伝活動を担当し、のちにエル・レーベルを興したマイク・オールウエイが"Side Effects"としてクレジットされています。また発売時のポスターには「Marketed by Cherryred」と記され、オリジナル盤の盤面の楽曲出版社の表記も「Cherryred Music」となっています。彼がグループに関わった経緯は定かではありませんが、ソフト・ボーイズがのちにモノクローム・セットを獲得する彼の好みであったことは想像できます。

2.キンバリー・ルーとカトリーナ&ザ・ウエイブス

ソフト・ボーイズの「POP」サイドを担っていたともいえる、ギタリストのキンバリー・ルー。彼はソフト・ボーイズ解散後、アーマゲドンよりソロ・シングルを2枚リリースしています。1枚はソフト・ボーイズのメンバーとの演奏、もう1枚はアメリカのグループ、DB'sとの演奏によるものです。

特に後者の「My Baby Does Hairdo Long」は曲も演奏もすばらしい1枚。のちに人脈がR.E.M.につながっていくDB'Sのミッチ・イースター(R.E.M.、マシュー・スイート、ヴェルベット・クラッシュのプロデューサー)、ピーター・ホルサップル(R.E.M.のツアーに参加)との共演となっています。

そしてこの4年後、みずからのグループ、カトリーナ&ザ・ウエイブスで「Walking on Sunshine」の大ヒット。この曲はモータウンのビートが心地よい、まさにギターポップなナンバー、ホーンまで入っています。のちに映画「摩天楼はバラ色に」で使われ、結構80年代のヒット曲の中でも知られている曲なのではないでしょうか?しかしこのあとビッグ・ヒットには恵まれず、活動がフェイドアウトしかけたところで、なんとユーロビジョン・コンテストで入賞、ヨーロッパでのヒットを受けて盛り返すといった、さすが「元ソフト・ボーイズ」な経歴を重ねています。

また最近ネオアコ本にも収録されているグループ、Cherry Orchardのアルバム「The World is such a Groovy Place」 をプロデユースするなどの活動も行なっています。

3.日本盤の「アンダーウオーター・ムーンライト」CD

昨年ここ日本でも発売された、マタドールによる再発の「アンダーウオーター・ムーンライト」のCDは、日本盤のみのボーナス・トラックが2曲収録されています。英文ライナーの対訳・歌詞対訳も付いています。

記事作成 2002年 2月)

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