プリファブ・スプラウト Prefab Sprout (Part. 3

プリファブのライブ活動に注目!Part 1.

2000年、ついにほぼ10年ぶりのライブ活動を再開したPrefab Sprout ! しかし楽曲やアルバムの雰囲気から、「プリファブってライブはどうなんだろ?」と思われている方も多いかと考えます。今回の特集ではデビュー以前も含めた、彼らのライブ活動を追ってみたいと思います。

デビュー以前のライブ活動 

彼らが「Prefab Sprout」として、活動をはじめたのが、おそらく1977年。レコード契約を経てのデビューまでの間は、主に地元であるイングランド北東部を中心にライブ活動をしていました。パブやローカルなフェステイバルに出演していたそうですが、その中でのちにメンバーとなる「ウェンデイ・スミス」(一フアンとしてライブに通っていたそうです)や、のちのレーベル・メイトとなる「ケイン・ギャング」の「David Brewis」(「Swoon」のプロデュースを担当)と出会っています。「ケイン・ギャング」とは一緒にライブをすることも多かったそうです。

この頃のPrefab Sproutは、ギター・ボーカルにパディ、ベースがマーティン、ドラムにMichael Salmon(マイケル・サーモン)の3人編成。ドラムのマイケルはパディのスクール・メイトで83年6月頃までバンドと活動を共にしています。

パディは1957年生まれですので、1977年当時は20才。すでにこの頃には後に発表される以下の楽曲群が、完成していたとのことです。

「Walk on」(この曲は前身バンド時代から演奏?)、「The Golden Calf 」「Bonny「Donna Summer」「Faron Young 」「Don't Sing」「Tin Can Pot」「Spinning Belinda」

そして自らが思い描く1stアルバムの収録曲として、同じ「Goodbye Lucille」というタイトルが付けられた、なんと11曲 !?と、スポーツに関する曲、2曲(「I Never Play Basketball Now」、「Chess Is Beyond Me」)を予定していたそうです。

のちに2ndアルバム「Steve McQueen」にて「Goodbye Lucille#1」として発表されますが、「#1」とはヴァージョン1という意味だったのでしょうか?また「I Never Play Basketball Now」は1stアルバム「Swoon」で発表。「Chess Is Beyond Me」は発表されることなく、アイデア(曲想?)のみ「Swoon」の「Cue Fanfare」にて活かされることになります。

80年のライブ(演奏場所・日時不明)

大きく話がずれてしまいました。80年のライブと言われている音源のセットリストです。

1.「Spinning Belinda」 シングル「Couldn't Bare to Be Special」B面曲

2.「Faron Young 」 2ndアルバム「Steve McQueen」収録曲

3.「Tin Can Pot」 12インチシングル「The King of Rock 'n' Roll」B面曲

4.「Donna Summer」 12インチシングル「Couldn't Bare to Be Special」B面曲

録音の途中の切れ目がないことから、この順番で演奏されていたものと思われます。もちろんこの前や後に演奏された曲があった可能性は否めません。

印象はやはりデビュー以降のプリファブのイメージとは異なります。最初期の1stシングルの感触とも違います。ましてやウェンデイがいませんので、ほんわかイメージは皆無です。

ただ普通の8ビートの曲ばかりではないことや、逆にNew Wave的なリズムを追求した曲がないことから、やはり当時としても、めずらしい要素を持っていたといえるのではないでしょうか?

また演奏はなかなかシャープです。ドラムのサイモンはパディたちと出会うまでは、まったくドラムを叩いたことがなかったらしいのですが、複雑な進行の「Faron Young 」「Tin Can Pot」でも、ピッタリ他のメンバーたちと呼吸があっています。

パディのボーカルはやはり若々しく、ときに奇声を上げています。またシャウトが多いためか少し声が枯れてしまっているようです。ギターの音はかなり歪んでいて、「Spinning Belinda」では(文章で表現するのは難しいのですが)、コードを鳴らす音の荒々しさが印象的です。洗練された録音バージョンとは違った魅力を感じることができます。

しかしフレーズを弾くところでは、ボーカルを取りながらの指弾きではむずかしいのか、結構外れた音を鳴らしています。またこの曲に限らず曲のテーマ部分(あるいはほとんどのパート)では、メンバーもコーラス(というか叫び?)を取っており、ここらへんがパディが言うところの「ジャムみたいな。。。」という発言の所以かもしれません。

また「Donna Summer」は録音バージョンではミディアム・テンポの落ち着いた曲ですが、ここではかなりアップ・テンポで演奏されています。マーティンのベースは以降のように、まだプロっぽさはありませんが、特にこの曲ではかなり動いたベースラインを弾いていて存在感があります。この曲は直線的なビートという意味で、このライブの中ではいちばんパンクの影響を感じさせるものに聞こえます。

おそらくまだこの時点での彼らは、地元中心のライブ活動を行なう、数多いローカル・バンドの一つだったのだと思います。

83年 4月16日 Darlington Arts Centre でのライブ

82年の2月25日と、3月11日彼らは記念すべき、1stレコーデイングを行ないます。のちに自主制作盤として発表される、「Lions in My Own Garden (Exit Someone)」、「Radio Love」の2曲が録音されました。なぜここまではっきり日時が特定されているのかというと、パデイがはっきりと記憶していて、限定シングル「Nightingales 」(The Earle Years EP)のライナーで語っているからです。当時の彼らにとってとにかく大きな出費で、マーティンは建築現場での肉体労働でこのためのお金を貯めたそうです。自らのCandle Labelより1.000枚限定で同年6月に発売されました。

少し本題からそれますが、同年の9月17日には地元ダーラム大学のスタジオにて、「The Devil Has All The Best Tunes」と「Walk on」が録音されます。このレコーデイングには、この時点で彼らのライブにバッキング・ボーカルで参加するようになっていた、ウェンデイ・スミスが参加しています。また彼女の友人の「Fiona Attwood」も参加しています。この2曲で聞くことの出来る女声コーラスは、ウェンデイだけではなかったのですね。この2曲はのちにキッチン・ウェアより2ndシングルとして発表されることになります。

Candle Labelからの「Lions in My Own Garden (Exit Someone)」のリリースと、これまでのライブ活動が実を結び、ついに1983年3月、ニュー・キャッスルのキッチン・ウェアレーベルとのレコーデイング契約に発展します。

まずキッチン・ウェアからの第一弾シングルとして、同年4月に「Lions in My Own Garden (Exit Someone)」が再リリースされます。

このDarlington Arts Centre でのライブは、まさにこの1983年4月のライブです。ちなみにDarlington(ダーリントン)は、ニューキャッスルやダーラムより南の内陸部の町で、どちらかというとウェンデイの出身地(と言われている)Middlesbrough(ミドルズブラ)に近いところに位置しています。

以下セットリストです。

1.「Don't Sing」 1stアルバム「Swoon」収録曲

2.「Cherry Tree」 未発表曲

3.「Horse Chimes」 「Protest Songs」収録曲

4.「Diana」 シングル「When Love Breaks Down」初回発売時のB面曲。 

5.「Hallelujah」 2ndアルバム「Steve McQueen」収録曲

6.「Technique」 1stアルバム「Swoon」収録曲

7.「The Devil Has All The Best Tunes」 2ndシングルA面曲

8.「Constant Blue」 未発表曲

9.「Lions in My Own Garden (Exit Someone)」 1stシングルA面曲

なおメンバーのラインアップはギター・ボーカル(ハーモニカ)にパディ、バッキング・ボーカルにウェンデイ、ベースがマーティン、ドラムにマイケル・サーモンの4人編成だと思われます。私が聞いた限りではキーボードの音は聞こえません。またこの約2ヶ月後にはマイケル・サーモンが脱退してしまいます。

全体のライブの印象ですが、80年のライブと比べて録音バージョンのイメージとのギャップが少なくなってきたと感じられます。

「Hallelujah」は2ndアルバム「Steve McQueen」収録曲ですが、録音されるバージョンとアレンジはほとんど変わりません。キーボードがなくても、あまりイメージは変わりません。

また「Horse Chimes」のようなミデイアム・テンポの曲でも、なかなかうまく演奏されていて魅力的です(個人的にはあらためて「Protest Songs」を聴き返してみるきっかけにもなりました)。この時期の曲の中では3rd「ラングレー・パーク」、4thアルバム「ヨルダン」にも通じる曲だと感じます。

初期のデモ・テープにのみ収録されていると思われる「Cherry Tree」「Constant Blue」は、ウェンデイのソロ・パートが多くライブでも彼女の声の印象が多く残ります。不思議なギター・フレーズとマーチ風ドラムから始まる「Cherry Tree」は1stアルバム「Swoon」の発売直前の頃まで演奏されていたようですが、「Constant Blue」はこの時期以降の84年のセット・リストからは外れてしまったようです。

この「Constant Blue」は彼らにはめずらしく、結構ストレートにジャズ風のアレンジを取り入れており興味深いのですが、逆にそれがおクラ入りになった理由なのでしょうか?間奏と終りの部分ではウェンデイのスキャットが聞けます。

中心人物のパディですが、ボーカルに落ち着きが出てきて、フェイクやシャウトが少なくなっています。またギターの音もクリアなトーンで、レコードでのプレイの印象に近くなっています。

もうすぐ脱退してしまうマイケル・サーモンのプレイですが、さすが録音に参加している「The Devil Has All The Best Tunes」では、複雑な曲構成をものともせず歌を盛り上げる役割を見事にこなしています。逆に少しアルバム・バージョンよりスローな「Don't Sing」では、フィルが多すぎるように感じられ違和感がありました。

実は彼はドラマーとしての技量はもちろん、曲も書けて歌えるという別の才能も持っていました。「Swimmer Leon」という彼自らのグループで、のちにシングルをリリースし、CapitalやCBSとの契約の話もあったそうです。結局契約の実現には至りませんでしたが、いつかチャンスがありましたら、彼のバンドのシングルを聴いてみたいと思っています。

このライブは「Lions in My Own Garden (Exit Someone)」での、「今晩、最後の曲。。」というコメントにもオーデイエンスの反応も少なく、なんだか静かに終っています。

この日のオーデイエンスの彼らへの感想は、「まだまだ彼らの道のりは楽ではなさそう」ということだったのでしょうか?

おわりに

しかし彼らには持って生まれた才能だけではなく、運もありました。まず彼らとの契約の直前に、キッチン・ウェアがCBS関連の出版会社との契約から、多額のアドバンスを得ることになり、資金面でのサポートが受けられるようになりました。

また音楽誌NMEの付録カセットに彼らの「Lions 〜」が収められ、多くの業界関係者が彼らに興味を持つこととなりました。その中にはのちにCBSとの配給契約を後押しする、A&Rマン「Muff Winwood(マフ・ウインウッド)」もいました。彼はあの「Steve Winwood(スティーブ・ウインウッド)」の兄で、弟と共に「スペンサー・デイビス・グループ」に在籍していたこともある、腕利きA&Rマンです。

1983年はまさに彼らの運命を変えた年だったのかもしれません。Part 2.では84年以降のライブ活動について触れていきたいと思います。お楽しみに!

(記事作成 2000年11月)

*この記事の作成にあたりまして、当時のグループの活動状況については、ジョン・バーチさん著「マイス・メロデイックス・メタフィジックス」の内容を、参考にさせていただきました。

*また上記のライブ音源(カセット・テープ)は海外のフアンの方との交換によって入手したものです。必ずしもたとえば、絶対にDarlington Arts Centre でのライブであるという確証はありません。

*当店ではブートレッグ(海賊盤)は扱っておらず、また上記の音源のコピーはできませんので、この旨ご了解ください。

当店では「プリファブ・スプラウト」のレコード・CD・本などを集めた、特製リストをご用意しております。フアンの方はもちろん、これから聴いてみようという方への、お手軽なアイテムもご用意しております。ぜひご覧になってください。

プリファブ・スプラウト リスト

 

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